暗闇の中で目覚めると、人の寝息が聞こえていた。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
ああ、そうか、ここは俺の田舎の実家の俺の部屋の中で、昨日、1年振りに帰郷して、中学時代の悪友たち4人と再会して飲み明かし、そのまま眠ってしまったのだ。
今、何時ごろだろう。ぼんやりした頭の中でそんなことを考えていたら、闇の中で揺れる赤い光が見えた。
一瞬、幽霊かな…とおののきつつ目を凝らしてみると、それは煙草の火であることがすぐに判明した。
仲間の1人の綿貫真だった。
「おどかすなよ、モク」と、声を出そうとして、俺はその言葉を飲み込んだ。
なんか、こういう場面を前にも経験していると感じたからだ。
デシャブだろうか? 
いや、違う。確か、以前にもこんなことがあったはずなんだ。

俺たち4人組は、中学時代とんでもない悪ガキで、悪戯の類は考えうる限りのことをやり尽くしたといってもいいだろう。大便所で用を足しているヤツの頭上からホースで水をぶっかけたら、それは教頭だったとか、こんな話ならネタは尽きない。
綿貫真こと通称“モク”は、悪戯を考案する天才で、皆から一目置かれている存在だった。
実際、モクはかなり不思議なヤツだ。
一見すると、体つきは華奢で、話し方も穏やかなんだけど、真に激烈な炎が見えて、それがモクの雰囲気を一種独特なものに見せていた。
内向的がありながら外交的であり、朗らかでありながら決して他人には踏み込ませない核をもち、恐ろしく意地が悪いかと思うと誰よりも優しい心の持ち主しで、この相反する両極を行ったり来たりしているのがモクだった。
仲間うちでさえ、モクを怖がるヤツは多かったが、俺はモクと積極的に仲良くなるように心がけた。
怖いヤツとは仲良くなってしまうに限る。これは俺が長年の間に身につけた処世術だ。ズルいかもしれないけれど、人にはいろいろな処し方があるものだ。

中学3年の修学旅行で、俺たちはいつものように酒盛りして大騒ぎし、そのまま集まった一室でゴロ寝を決め込んだ。
夜中の3時ごろだったと思う。俺は誰かの気配で目を覚ました。
モクだった。
モクは、酔いつぶれて寝てしまったヤツらに毛布をかけまわっていた。
ずいぶんと静かな夜だった。そしてモクはゆっくりと窓際の肘掛椅子に腰をおろして、煙草をふかし始めた。
ついては消える煙草の火。ゆるく高く上がって行く煙。全ては何か冗談のような奇妙さで俺の心の中に流れ込んできたのだ。
モクの瞳が、あの時一体何を表していたのか、いまだによくわからない。深い絶望だったようにも、淡い希望だったようにも、ほのかな寂しさだったようにも、そこにいる皆に対する愛情だったように感じられた。
人には言葉にできない思いというものがあるのかもしれない。
何にしても、その夜、その一室は、モクの持つ優しさで覆われて、俺もなんだか幸福で満たされた気分のまま眠りについてしまった。
翌朝、モクはいつも通りの、ちょっと惚けていてそして恐ろしいモクだった。

あの夜から、既に13年が経過していた。俺もあの時の仲間も、今はもう大人で社会人になっていた。
あの頃、話しても話しても尽きなかった言葉は、今はもう存在しない。存在しないことを知りたくなくて、今日はみんな、潰れるほど飲んだのかもしれない。
なぜだろう?
あのときのモクは、今、このときのモクではないのか? 
俺はアホなことを思っている。
今日とあのときはつながっているんじゃないかと、思っている。
静かな、静かな、そして悲しくて優しいときが、みんなの上に流れていた。
みんなの平和な眠りを、モクがたった一人で守ってくれている、そんな気がする。
つかの間の休日が終わったら、山手線と総武線のラッシュと、狭いマンションと、好きなんだかそうでもないんだか、自分でもよくわからなくなってきている彼女と、そういう諸々の生活に、皆追われていくのだ。
そしてモクは、そういうものにこれからも一切関係なく生きていく。
あの頃から、モクはこの事実に気が付いていたのだろうか。
モクはこれからどういう人生を送るのだろう。俺やこいつらは、どうなっていくのだろう。
そんなことを考えながら、13年前と同じようにモクに声をかけないまま、俺は幸福な眠りに落ちていった。



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