雨の降る日は嫌いだ。
こんな日は、早めに家に帰って、ビールでも飲みながらビデオを観よう、なんて思っているのに現実は、たいして仲も良くないやつらとバカ騒ぎしたり、女の子を誘ってどこかに出かけたりの繰り返し。
なぜなんだろう。

「雨は嫌い。傘を差すのはもっと嫌い」
少し照れたように彼女が言った。

足の美しさでは目を引いていた。長くて細い足に、キャリアスーツが良く似合っていた。同じ営業部の3年先輩の彼女。だけど、下の名前もよく知らない。あの瞬間まで、彼女はただそれだけの存在だった。

彼女を街で見かけたのは全くの偶然だ。
その日も雨が降っていて、俺は誰かに捕まる前に会社から脱出を試みていた。
いつもは通らない裏道を抜けて駅に向かう途中、歪んだ空の向こうに、雨の中を1人、傘も差さずに歩いている彼女を見つけた。
彼女は、真っ直ぐに前だけを見つめて、びしょびしょに濡れながら歩いてた。
「どうしたんスか?」
少し驚いて彼女が顔を向けた。
「あ、今帰り? めずらしく早いじゃない」
いや、そうじゃなくて。
「どうしたんスか?」
今度は、もう少し強く聞いてみた。ちょっとバツが悪そうに彼女は言った。
「何が?」
「雨が降ってます」
ばかな会話だ。
「傘、ないから…」
「買えばいいんじゃないんですか?」
彼女は、少し困っていた。

なぜか、胸を突かれる思いがしたのだと、あの後彼女に打ち明けた。
「怖い顔して怒っていたから、“あなたに関係ないのに”って言えなかった」
と、彼女は笑った。怒っていたワケじゃない。ただ、彼女と自分の中の何かが、あのとき一瞬重なって見えただけだ。
「果敢な人だなぁって思ったんだよ」
「何、それ?」

傘をよく忘れる俺は、12色のクレヨンのように、色とりどりのビニール傘を持っている。だから、あいかわらず雨に濡れて歩いている彼女に、その中の1つを無理やり押しつけるようになった。
「なんでこんな傘を持って歩かなきゃいけないの?」
「親切で貸してやってんの!」

緑色の傘をクルクル回しながら、彼女が不満そうに歩いていく。なぜか、俺はその風景がとても気に入ってしまった。



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