シャッターを切る。
その瞬間、本当に撮りたかったものが捕らえられていないということに気が付く。
そしてファインダーの中を覗くと、そこにはもはや30秒前の風景はなく、別の顔をした別のものが息づいていた。
それは、人でもモノでも自然でも同じこと。点から点へ移動するほんの一瞬の謎を、フィルムの中に封じ込めたいといつだって思っていながら、それができたことは一度だってない。

「そんなことができたら、フォトグラファーとして一流だね」
「というより、奇跡だね」
「じゃあその奇跡、私の結婚式でできるかな?」
「自分の結婚式をどうやって撮影すんの?」

結婚式場のカメラマンという地味な仕事をしている。そこで受付をしている碧と知り合って、まぁー、結婚することになった。
「できるよ。私がひとりで結婚式やってるから、写真撮ってれば?」
「マジかよ?」
「マジ」

3年前まで、東京の新聞社でカメラマンをしていた。プロポーズしたとき、東京に未練はないのか? と、碧はそれだけを尋ねた。「それは正直言ってある」と俺は答えた。
「うん、わかった」
それが碧の返事だった。

「なんで、この真冬の寒い寒い、ドカ雪まで降る2月なんかに結婚式を挙げたがるんだよ?」
「子供のころから、1年でいちばん雪の多い日に結婚式を挙げたいと、ずっと思っていたから


この小さな町には、白鳥が越冬するので有名な湖がある。この湖を本腰を入れて撮り始めるまで、俺は本当の湖の魅力を知らなかったように思う。だけど、いつ頃からか、俺はこの湖の美しさに夢中になっていった。
奥深い湖の表情は、静かだけれど確実に刻々と変化していて、一分、一秒だって同じことなんてなかったからだ。こうやって丸1日、湖を待ち続ける俺の傍らには、いつの間にか碧が寄り添っているようになった。

「微動だにしない美しさっていうのもあるよな」
「ねぇー、写真撮ってよ、結婚の記念に。未婚から既婚への変化の一瞬とか」
「無茶苦茶言うな、できるか、そんなこと」
そう言いながら、俺はニコンF3を碧に向かって構えた。
ファインダーの向こうで、碧は、笑っているような、泣いているような、不思議な表情をしていて、なぜかあの湖の深い碧と重なった。それは、俺が撮りたくて撮りきれなかった諸々の全てのようでもあった。
静かにシャッターを切る。
しかし、その瞬間、本当に撮りたかったものを捕らえ切れなかったことに気づいた。
顔を上げると、そこにはちょっとおどけて微笑むいつもの碧がいた。



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